先日、中学三年生さんから、こんな質問を受けました。

 

「確率を復習していたんですけど、

トランプの問題に、書いてあることがわからない」

「トランプの、Kとか、Qとかの意味や、

赤と黒のマークもよくわからないので、

トランプのことを教えてください」

 

と質問されたんです。

 

ちょっと驚いたので、逆に質問してみました。

「トランプで遊んだことないの?」 「ないです」

「妹ちゃんは知ってるの?」 「知ってます」

「でも、一緒に遊んだこと、ないんだ?」 「ないです」

 

実際にトランプを出して、いくつか質問したら、

あ、本当に、わからないんだ、と思いまして…

 

七並べのようにトランプを並べて、

♠(スペード)♣(クラブ)♦(ダイヤ)

♥(ハート)の、4つのマークと、

数字以外の、A(エース)、J(ジャック)、

Q(クイーン)、K(キング)とジョーカーについて、

トランプのカードの説明をひと通りしました。

 

そして、それを理解した上で、

「ジョーカーを除く52枚のトランプから1枚引いたとき、

ダイヤのカードが出る確率は?」

「絵札が出る確率は?」

「スペードの5か、ハートの8が出る確率は?」

など、確率の問題を出していきました。

スラスラと答えてくれました。

 

小中学生の段階では、

知らないことだらけ、ですし、それが当たり前です。

 

周りの子はみんな知っていても、その子だけ知らない、

なんてことも、もしかしたら、あるかもしれません。

件のトランプの話は、それに似た状況だったようです。

 

「知らない」ことは、

何も恥ずかしいことではありません。

 

ご両親や学校の先生、それに私のような大人に聞いたり、

あるいは、何とかして自分で調べて、

「知る」ことができればいいのです。

 

ソクラテス哲学を象徴する言葉に

「無知の知」

がありますが、まさに

「知らない」ことがある、ということを知っている、

ということ、姿勢が大事なのです。

 

恐いのは「無知の無知」、言い換えると、

「知らない、ということを、わかっていない」ことです。

 

 

勉強を教えていると、さまざまな質問を受けます。

「次数って、何ですか?」

「係数って、何ですか?」

「favoriteって、どういう意味ですか?」

「『暫く』って、どう読むんですか?」

「大小2つのサイコロの目の和が3の倍数になる確率って、

どういうことですか?」

…など、今日訊かれただけでも、これだけあります。

 

わからないことがあるのは、

恥ずかしいことではありません。

 

「わからないことを

わからないままにしておく」

それが一番マズいのです。

いわば、「問題の先送り」です。

 

生徒さんからは、どんなことでも

質問されるような関係でありたい、

そう思っています。

山口県・松陰神社の御神札を

送っていただきましたので、

心を新たにして、生徒さん達に向かい合っていきます。